先に断っておくと、フィクションです

−−−−−−−−−− キリトリ −−−−−−−−−−−

奴に無学を指摘され、こともあろうに本でも読んで教養を養ったら、などと云われた。
 奴の言に従うのはいささか癪ではあるが、幾ばくか自身の教養のなさには不満を持っていたところだ。今回に限ってはあの活字中毒に倣うことにする。
 駅の近くにある全国チェーン展開している古本屋にわざわざ足をはこび、文庫本を物色するものの何にどう手を付けるべきかさっぱりわからない。
 目線を右往左往させ、さぞ挙動不審であったろう私は、背の高い本棚の一角を乗っ取る様に、わざわざ表表紙をこれ見よがしに見せびらかすように陳列された本数冊に目を付けた。
 どっかで聞いたような作者名がその冊子数冊には大きく刷られ、ははんここに並ぶこれらは有名な作家数人の代表作・・・そのものか、などと簡易な感想含みの推測を巡らしてしまった。
 だがしかし、これはよき巡り合わせ。
 ついぞさっきまで買わずに帰ることさえ考えたのだ。有名な作家、しかもその代表作となれば買わざる理由など無い。
 こういうものは形式張ればなおさらよい、私が選んだ物はおあつらえ向きに重版の、ハードカバーと為った。
 題目など気にせずに手に納めたが、改めて見てみれば「こころ」などといういかにもな題字。表紙をめくり、作者を確認すると「大正を代表する文豪」などといううたい文句があった。これだ、これだ。
 私は偶然に感謝して、この嵩張る連れ合いをレジスターに持ち込んだ。
 店員の男の対応はお手本通りの心のこもらないもので、普段なら気にならないものだが知性人を気取ったつもりの私には滑稽に映った。
「800円になります」
 思ったより高い物だ。
 こういった本の、というよりも本の値段相場など全く知らぬ私は使い古しのましてや紙を連ねたものなど食料品より高いわけがないと思ったが、絵画などのような芸術品と同列に考えればそこそこ値が張るのも(無論機械刷りで大量生産されたことを考慮に入れた上で)当然かと得心した。
 財布を開き、1000円紙幣の束に目を遣ると数枚の新札にまじって1枚の旧札があることに気づいた。
 財布の調和などを気にして、私はその旧札を店員に差し出した。

コメント

nophoto
島津っぽい人
2008年2月22日0:18

こころ かな?
文章の感触がゆるやかで美しい作者だね

りん
りん
2008年2月22日2:14

夏目漱石はいいよね

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